渋谷宇田川町の真ん中で働く私たちを「アウトサイダーの寄せ集め」と言ったのは、当時会社を出入りしていたモーリー・ロバートソンさんだった。そういうモーリーさんが誰よりもアウトサイダーな人だった。
徹夜で仕事することも多かった。渋谷、下北沢のライブハウスに通い、エネルギーをチャージしてはがむしゃらに仕事をした。寝ずに働いても若さゆえに元気で、無限に働ける気がした。
【アウトサイダーとは】社会常識の枠にはまらない独自の思想の持ち主。
会社が渋谷区宇田川町にあったので、日々会社近くのHMVでCDを買っていた。渋谷系と呼ばれる音楽が流行っていた頃だ。ギターポップバンドに夢中だった。
夜になると、ちょっと仕事を抜け出してライブに行き、深夜に会社に戻って仕事をする日々で、徹夜する日が多かった。夜な夜なクラブにDJにでかける上司や、死ぬほど美少女フィギュアを持ってる上司に囲まれていたこともあって、「一般社会とはこういうもの」という誤った認識をしてしまう。
午前2時、3時と夜が深まると、社内でギターを弾く人、ボンゴを叩く人、声高らかに歌う人など、社内はあおかしなテンションになっていった。家に帰れない日も多かったが、仕事はとても楽しかったし、この会社で随分鍛えられた。
社員の多くがagnes b. のおしゃれな洋服を着ていたのには理由がある。会社のすぐそばにagnes b. のショップがあり、徹夜した人たちが打ち合わせ前にこのお店で洋服を着替えていた。おしゃれじゃなくて、単に手っ取り早かったのだ。
アメリカでGoogle設立された。まだスマホどころか携帯電話すら普及していない時代で、自社サイトを持っていない企業もまだまだ多かった。
大手町の新日本製鐵本社へ打ち合わせに行くと、入り口で必ず止められて「お父さんに会いに来たの?」とか聞かれた。
念願のアランジアロンゾ公式サイト「アランジネット」がopenする。ネットちゃんというキャラクターが誕生した。頭はブラウン管、胸にフロッピーディスクドライブがあって時代を感じるが、液晶モニタだとそれはネットちゃんではなくなってしまう。
アランジアロンゾさんの世界観を表現するために、細心の注意を払って制作した。立体よりフラット。アランジカラー以外はなるべく使わず、オープン当初はシンプルな情報サイトという感じだった。
これまでアランジさんは、「アランジペーパー」という情報誌を発行して配布していた。その後、「アランジペーパー」は「アランジポスト会」というポストカードサイズに移り変わっていく。この紙媒体での情報発信に、インターネットが加わった。世界中の人がこのサイトを見て、好きになってくれるかもしれない。その可能性にわくわくした。
その後、英語版、中文版、海外向けオンラインショップと、アランジネットはワールドワイドなウェブサイトに進化していく。
■アランジネット
■新日本製鐵 電磁鋼板営業部
■新日本製鐵 鋼管営業部
■新日本製鐵 溶接技術研修センター
■日本信販ファイナンス
■NTTデータ新世代情報サービス事業本部の情報紹介サイト「あいんちゃんねる」
■ソースネクスト(株)
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