土地探しから移住、民泊届出、旅館業の免許取得まで

東日本大震災のあった2011年頃から、自分がどこで何をして生きていこうかと考えることが増えた。このまま東京でITの仕事一本でやっていくか、それとも田舎で安い土地を買い、家を建て、小さな宿屋をやっていこうか。結局、後者の人生を選んだ。将来は、宿屋で生きていこう。小さな宿屋経営で、老後はつつましく暮らそう。

あらゆる仕事をしてきたが、宿泊関連の仕事は未経験だった。まずは、旅館業法と建築基準法について徹底的に調べあげた。土地を探し始めた2014年頃は、まだ民泊の法律も存在しなかったので、宿をやるなら旅館業法を学ぶ以外の選択肢はなかったのだ。旅館、ホテルなどの宿泊業を営んではいけない土地があるので、用途地域についても徹底的に調べた。あらゆる準備をして、計画を進めていった。

土地探し、移住、民泊届出、旅館業の許可証取得までの長い道のりを記録しておく。

目次

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旅館業許可証を取得するまでの流れ

2015
土地購入

旅館営業が可能な用途地域にしぼって土地を購入。

2016
東京から茨城に移住

東京の家を引き払い新居に移住すると、家は未完成で電気も水道も通っていないし、そもそもトイレもキッチンも届いてすらいなかった。しばらくホテル生活を送りながら宿の構想を練る。

2018
住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行

民泊ブームの流れに乗って、民泊茨城県第一号として営業開始。

2020
旅館業許可証を取得

コロナで完全に宿の営業が止まってしまい、できる限りの改革をする中で、旅館業の許可証を取得。

2022
民泊の廃業届を提出

旅館業許可証を取得してからも、民泊の届出はそのままだった。茨城県に民泊の廃業届を提出する。

用途地域

旅館営業ができる土地とできない土地がある。これを間違えると、計画倒れになってしまう。念入りに下調べしながら、土地を購入した。

ただし、2018年に施行された民泊新法は、「既存の住宅を宿泊施設として提供する」というサービスなので、工業専用地域以外であれば民泊ができる。MARBLE B&Bが民泊から旅館業へと移行するにあたって、この用途地域がネックにならなかったのは、当初から旅館業を目標として土地探しをしていたからだった。

将来宿の営業に適した土地探し
用途地域を念頭に置いて土地を探した。

旅館営業ができない用途地域

第一種低層住居専用地域低層住宅のための地域です。小規模なお店や事務所をかねた住宅や、小中学校などが建てられます。
第二種低層住居専用地域主に低層住宅のための地域です。小中学校などのほか、150㎡までの一定のお店などが建てられます。
第一種中高層住居専用地域中高層住宅のための地域です。病院、大学、500㎡までの一定のお店などが建てられます。
第二種中高層住居専用地域主に中高層住宅のための地域です。病院、大学などのほか、1,500㎡までの一定のお店や事務所など必要な利便施設が建てられます。
工業地域どんな工場でも建てられる地域です。住宅やお店は建てられますが、学校、病院、ホテルなどは建てられません。
工業専用地域工場のための地域です。どんな工場でも建てられますが、住宅、お店、学校、病院、ホテルなどは建てられません。

旅館営業可能な用途地域

第一種住居地域住居の環境を守るための地域です。3,000㎡までの店舗、事務所、ホテルなどは建てられます。
第二種住居地域主に住居の環境を守るための地域です。店舗、事務所、ホテル、カラオケボックスなどは建てられます。
準住居地域道路の沿道において、自動車関連施設などの立地と、これと調和した住居の環境を保護するための地域です。
近隣商業地域まわりの住民が日用品の買物などをするための地域です。住宅や店舗のほかに小規模の工場も建てられます。
商業地域銀行、映画館、飲食店、百貨店などが集まる地域です。住宅や小規模の工場も建てられます。
準工業地域主に軽工業の工場やサービス施設等が立地する地域です。危険性、環境悪化が大きい工場のほかは、ほとんど建てられます。

宿泊施設の種類

客室は3〜4部屋程度の小さな宿を想定していた。旅館業法を調べて行くと、私がやりたいのは宿泊客同士が交流できるような共有スペースのある宿だったので、「簡易宿所」に該当すると分かった。海外でよく利用していたB&B(Bed & Breakfast)は、日本でいうところの簡易宿所というわけだ。

地元の保健所に相談に行くと、「B&Bってなんですか」と逆に聞かれてしまった。それくらいこの地域ではB&Bとか簡易宿所は珍しいものらしい。

×ホテル営業洋式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業である。
客室10室以上。
×旅館営業和式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業である。いわゆる駅前旅館、温泉旅館、観光旅館の他、割烹旅館が含まれる。民宿も該当することがある。
客室5室以上。
簡易宿所営業宿泊する場所を多数人で共用する構造及び設備を設けてする営業である。例えばベッドハウス、山小屋、スキー小屋、ユースホステルの他カプセルホテルが該当する。
客室数の基準はなし。
×下宿営業1月以上の期間を単位として宿泊させる営業である。

※改正旅館業法施行の2018年6月15日より、従来の「ホテル営業」及び「旅館営業」は「旅館・ホテル営業」として、「施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業で、簡易宿所営業及び下宿営業以外のもの」として一本化された。

建築中のMARBLE B&B
建築中の1階共有スペース。簡易宿所のゲスト同士がくつろぐ場所。
建築中のMARBLE B&B
共有スペースが少しずつできてきた。
建築中のMARBLE B&B。電車席をつくってくれた家具職人さん。
共有スペースの電車席に佇む家具職人さん。電車席っぽくなってきた。
完成したのMARBLE B&Bの共有スペース
完成した1階共有スペース。

簡易宿所営業の延床面積

簡易宿所営業にあたって、客室の延床面積が33平米以上というルールがある。そのため、MARBLE B&Bは、客室4部屋の延床面積34平米で設計している。最も小規模な宿泊施設を営業する場合、「33平米以上」というのは死守するべきルールだった。

ところが、この延床面積のルールが2016年4月に規制緩和された。「宿泊者の数を10人未満とする場合には、3.3㎡に当該宿泊者の数を乗じて得た面積であれば33平米以下でもOK」というものだ。これは衝撃的だった。この33平米の客室設計にどれだけの時間を費やしてきたことか! この規制緩和の発表は、移住して3ヶ月後のことだった。なんというタイミングだ。

たとえば、MARBLE B&Bに7名宿泊する場合、3.3×7=23.1㎡ でOKだ。そう考えると、だいぶ快適な客室をつくってしまったなと思う。10人宿泊した場合は33平米だから、客室合計34平米のMARBLE B&Bは10人まで宿泊可能ということだ。

公衆衛生の確保
  • 適当な換気、採光、照明、防湿及び排水の設備を有すること。
  • 延床面積33㎡以上
    (宿泊者の数を10人未満とする場合には、3.3㎡に当該宿泊者の数を乗じて得た面積)※平成28年4月から緩和
  • 宿泊者の需要を満たすことができる適当な規模の入浴設備(※)、適当な規模の洗面設備、適当な数の便所を有すること。※近隣に公衆浴場がある場合等を除く。
MARBLE B&Bの客室
客室合計面積は33㎡というルールに則って設計した客室。この規制が緩和されるとは。

トイレ・入浴設備・洗面設備

旅館・簡易宿所については、「当該施設に近接して公衆浴場がある等入浴に支障を来さないと認められる場合を除き、宿泊者の需要を満たすことができる適当な規模の入浴設備を有すること。適当な数の便所を有すること。」とある。

当初はユニットバス1つで計画していたが、客室4部屋の場合、一人がバスタブにお湯をためて長時間入浴してしまうと、あとの人が困ってしまう。それに、他人が入浴した家庭用のお風呂には、誰も入りたくはないだろう。毎回、お風呂のお湯を入れ替えることを考えても、シャワー室が2つあった方がいいのではないか。

宿の規模や衛生面を考慮して、ユニットバス案は廃止した。2つのシャワー室を男女で分けたり、グループで分けたりして使用する方がずっと衛生的だ。トイレも2つ。洗面台も2つ。

MARBLE B&Bの洗面台は、ゲスト同士が並んで歯みがきできるように設計した。
洗面台は、ゲスト同士が並んで歯みがきできるように設計した。

民泊の波に乗る

2016年頃から、インバウンド向けの民泊が増えてきた。一方で、マンションなどに出入りする外国人客が大騒ぎしたり、民泊が事件に利用されるといったニュースばかりが目立った。民泊が問題視される中、法整備が進み、遂に2018年6月15日に住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行されることになった。

当初、旅館業許可証の取得を目指していたが、この民泊の波に乗ってみることにした。新しい法律は前例がない。届出の作成は、困難を極めた。

また、居室の面積は「内寸」、客室の面積は「壁芯」で計算しなくてはならなかった。

  • 宿泊室の面積 —> 壁芯
  • 居室の面積 —> 内寸
  • 宿泊者の使用に供する部分(宿泊室を除く)の面積 —> 壁芯

家の図面はあっても、複雑な廊下やリビングの面積など、素人にはどう計算したらいいのかわからず、途方に暮れた。最終的に、ココナラで建築士の方にお手伝いしていただき、書類を作成した。

ココナラで建築士さんに面積計算を依頼した
ココナラで公開依頼し、建築士さんに面積計算を手伝ってもらった。
建築中のMARBLE B&B廊下部分
壁芯で面積計算した部分。計算は建築士さんにお手伝いしていただいた。
MARBLE B&Bの廊下部分
完成した客室前の廊下。

Airbnbホスト限定の民泊新法基礎知識セミナーに参加する

2018年3月25日、Airbnbでホストを続けることを目的としたセミナーが渋谷で開催された。民泊新法について知識を深めたあと、行政書士さんによる個別相談会も設けられていて、これがとても役に立った。行政書士さんに質問したいことはたくさんあったが、10分以内と決められていたので、あらかじめ質問内容をまとめておき、時間の許す限り質問させていただいた。

このセミナーで民泊の知識を深めることができ、不安もかなり払拭された。このとき、お世話になったSATO行政書士法人さんは、民泊事業手続きサービスのサポートを行っている。

民泊の届出が受理されるまでの流れ

2018/3/25Airbnbホスト限定セミナー、参加。
2018/4/9消防立ち会い。
2018/4/13申請書類一式を投函。
2018/4/15茨城新聞に「民泊申請県内ゼロ」の記事が掲載される。
2018/4/20県の生活衛生課と電話確認。
2018/4/21申請書類一式、まさかの返送。面積などを修正して、再申請。
2018/5/7申請書類一式、二度目の返送。またしても面積を修正して、再申請。
2018/5/8ココナラで建築図面の面積計算を依頼。
2018/5/9申請書類一式、三度目の申請。
2018/5/13住宅宿泊事業届、受理。
2018/6/15住宅宿泊事業法(民泊新法)、施行。
MARBLE B&Bは民泊茨城県第一号となる。

書類提出先の茨城県からは、二度、三度と返送されては書き直しをした。

茨城県で一番最初の届出とあって、消防署へ行ってもできたばかりの法律のことなど、誰もわからない。私が消防署を訪ねると「鈴木さんが来たぞ!みんなちょっと来い!話聞いておけよ!」という具合だった。そして、私が時間とお金をかけて参加したAirbnbのセミナーで使用した資料をまるごとコピーさせてくれと言うので、正直腹が立ったりもした。施設の立ち会いも、何を確認したらいいのかわからないというので、確認事項を私の方で用意した覚えがある。

住宅宿泊事業(民泊新法)と簡易宿所の大きな違い

この法律ができたときに、「民泊は年間180日を超えて営業できない」というルールが大きな問題になった。特に都心部の民泊ホストにとっては、年間の半分を空き家にしておくというのは納得できるものではない。持ち家でなければ、なおさらだ。

私の場合は、都心でもなければ観光地でもない田舎なので、年間の半分も宿泊予約はないだろうから、180日問題はあまり気にならなかった。ただ、2ヶ月に一度の宿泊報告義務は本当に厄介で面倒だった。専用サイトはMacからはアクセスできず、使い勝手が悪かった。知り合いのホストは、用紙をプリントして手書き、FAXしていて、一時期私もそれに習っていた。最終的には、Excelのファイルに入力し、PDFで書き出したものを県にメールしていた。民泊を廃業して、簡易宿所になった今、この報告義務がなくなったのが本当にラクだ。

住宅宿泊事業

簡易宿所営業

申請窓口

届出制
(各都道府県の生活衛生課)

許可制
(保健所)

法律

住宅宿泊事業法

旅館業法

申請料

無料

23,000円

所轄省庁

国土交通省(観光庁)
厚生労働省

厚生労働省

難易度

★★★★★

営業場所

住宅専用地域でも営業できる

用途地域によっては営業できない

営業

年間180日を超えて営業できない

年間通じて営業できる

その他

2ヶ月に一度、宿泊日数等の報告義務あり

旅館業法だけでなく、建築基準法、都市計画法、消防法、自治体の条例など、すべての基準を満たす必要があるため、許可取得は難しい。

一般的に、届出は簡単、許可を取得するのは難しいと言われている。つまり、上記の表を見ても、民泊よりも旅館業の方が断然難しい。

遂に住宅宿泊事業届が受理される

書類の書き直しや電話でのやりとりを繰り返した末、2018年5月17日、住宅宿泊事業届が受理された。民泊の標識は、A5版ほどの用紙をラミネート加工した簡素なものだったが、それでも手にしたときは感無量だった。

住宅宿泊事業(民泊)の標識
民泊の標識は、公衆の見やすい場所に掲示する義務がある

法律の施行日より、Airbnbには届出番号を入力することが必須となり、届出番号がない闇民泊とかグレーと言われていた施設は非情にも一斉削除された。当時、削除されたリスティングは3〜4割という話もあった。それまで荒稼ぎしていたホストからの非難も多く、民泊廃業に追いやられた人たちがジモティやfacebookなどを使って、家具などを破格値で売り払うのを多く目にした。つまり、この法律を機に民泊はかなり淘汰された。

コロナ禍で旅館業の許可証を取得する

民泊という新しいビジネス、田舎では耳慣れないB&Bという得体の知れないシステムの宿に対する噂話を度々耳にした。自宅に他人を招き入れることに対して、田舎特有の偏見もあった。民泊はイメージが悪いと口にする人は少なくなかった。民泊なんかには泊まりたくないと言われたこともある。一般の住宅に人を宿泊させることが、そんなに偏見を招くことなのかと思う。

コロナで開店休業状態が続く中、今のうちにできることはやっておこうと試行錯誤していた。その中で、旅館業の許可証を取得することにした。移住をする際に、目標に掲げていたのは旅館業だった。民泊ではない。

民泊の条件をクリアしていたので、旅館業の許可証はそれほど難しくなかった。民泊の届け出には数ヶ月かかったというのに、簡易宿所は提出資料一式揃えるのに1時間もかからなかった。保健所の立ち会いもほんの5分程度で、あの民泊届出の苦労は一体何だったのかと思うほどだ。

今となれば、民泊の届出などせずに、最初から旅館業の許可を取得した方が簡単だったようにも思う。ただ、民泊ブームの中で、民泊をやってみたことはいい経験になった。民泊と旅館業の違いも、民泊を経たからこそ理解できたと思う。

2020年6月8日に晴れて旅館業の許可証を手にした。ここまで膨大な時間もかけ、莫大なお金も使った。やっと辿り付いたという思いだった。最初に書いたとおり、2011年の東日本大震災後からこの計画を考え始めた。福島第一原発のある町で放射能を浴びた実家は、今は更地になった。家族は避難先の復興住宅で暮らしている。そのこともあって、故郷に似た海沿いの土地を買い、根っこを生やして暮らし始めたことで少なからず安心感を得た。

MARBLE B&B外観
MARBLE B&Bはコロナ禍で民泊から旅館業へと移行した。

MARBLE B&Bは民泊から簡易宿所になったが、サービスは特に変わらない。清潔で快適な空間とおいしいパンがある宿。時代の流れに沿って、臨機応変にこの建物を使ったサービスを考えていきたい。小さいながらも、この町で質の高い宿泊サービスを追求し続けていきたい。

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