東京から茨城県鹿嶋市へ移住。鹿島アントラーズな日々の始まり。

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長年慣れ親しんだ東京都杉並区に別れを告げて、茨城県鹿嶋市に引っ越しをしたら、家が完成しておらず、室内にはトイレもキッチンもなければ、コンセントもない。工務店も建築家も「引っ越しは予定通り進めて大丈夫」と言い切ったにもかかわらず、実際にはタイルも壁紙も貼られていない状態で、その日からホテル生活決定。初めて自宅に寝泊まりしたその日、あえなく救急車で運ばれて、ホテル生活延長。鹿嶋生活、波乱の幕開け。

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完成予定を過ぎても家が完成する気配はなく、連日家の中は職人さんが慌ただしく出入りしていた。そんな中、親しくしていた鹿島アントラーズの選手から相談を受けて、関係者に一部屋貸すことになった。気づけば工事中のわが家で職人さん、下宿のお客さん、さらに下宿の方を訪ねてくるアントラーズの選手などでよくわからない生活が始まった。

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ビストロ・ノリーナさんの7周年記念オリジナルトートバッグをデザイン。店頭とオンラインで販売し、完売。

アスリートフードマイスターの資格を取得。年末には食品衛生責任者の資格も取得。役に立つ日が来るのか来ないのか。

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引っ越しのドタバタで生活と仕事の環境を整えることが最優先だったため、1〜3月は「しんぶんぶ」をお休みした。そんなときに熊本地震が起きて、急遽鹿嶋と東京でチャリティワークショップを開催。たくさんの生徒さんが参加してくれて熊本県宇土市に僅かな募金ができた。

地震後、熊本出身の選手が急遽帰省することになり、航空券の手配をお手伝いした。出発当日になって、5名の選手が同行することになり、追加で同便の手配をした。まだ余震は続いていて、飛び立つその日は避難指示も出ていた。どうしても福島のことが頭から離れなくて、放射能がないなら行くべきだとか無責任なことも言ってしまったかもしれない。無事に鹿嶋に帰ってくるのを、ただ祈って待った。

福島の祖母、母、東京で暮らす弟を鹿嶋に呼んでカシマスタジアムにサッカーを観に行った。一生に一度、家族でサッカー観戦をしたいという小さな小さな夢が叶った。(九十一歳初観戦)

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鹿嶋市商工会議所に加盟。

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ビストロ・ノリーナさんのオリジナルステッカー3種類、ショップカード3種類をデザイン。

EUROフランス大会観戦の旅。パリ、マルセイユ、ボルドーを巡った。あらかじめ購入していたチケット、サンドニのカードはスペインvsイタリアに決まった。マルセイユは前回訪れたときにスタジアムが工事中だったので、完成したら必ずまた来たいと思っていた町。ここではポルトガルvsポーランドを観戦。ボルドーでワイナリー巡りをした夜、イタリアvsドイツ。凄まじいPK戦だった。

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リオオリンピックに出場する植田選手の応援Tシャツをデザイン。植田選手のご家族もこれをブラジルで着てくださっていた模様。

浦和戦の日、初めてB&Bが満室になった。鹿島が負けたので、浦和サポーターの友人たちは大層ご機嫌だった。呉越同舟、楽しい夜を過ごした。

選手のパソコン購入、セットアップなどをお手伝い。WIFIルーターのレンタル、メールの書き方、パソコンの使い方指導なども。

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B&Bに初めて外国からのお客さまがきた。スルガ銀行杯でこの町を訪れたサンタフェサポーターのコロンビア人だった。ついでに優勝杯までお土産に付けたほど大いに持てなした。

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DOUBLE STEALを全面リニューアル。カラーミーショップのテンプレートをカスタマイズして、レスポンシブデザインにした。独自の新機能として「STYLE BOOK」を開発。スナップ写真を紹介するコーナーで、複数の自社製品の紹介をしている。これを新規追加、編集、削除するために、WordPressを使用している。

WordPressの投稿にスナップ写真を追加し、カラーミーショップのフリーページと連携させて、メンテナンスがいつでも簡単にできる。

タイ、バンコクで日本代表戦。チケットが入手できず、現地調達に奔走した。試合に勝利したあと、豪雨の中バイクタクシーのお兄ちゃんに軒下で降ろされ恐喝されるも、仲間とたくましく逃げ切る。

鹿嶋市豊郷地区からの依頼で「しんぶんぶ」の出張講習。ご近所から20名の方が参加してくださった。もの作りの楽しさを知ってもらえたこと、その楽しさをみんなで共有できたこと、そして身近な人をほんのちょっと笑顔にできたことが何よりうれしい。

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ユニセフ・マンスリー・サポーターとして毎月微々たる寄付を続けてきて10年、感謝状をいただいた。10年前、自分が今何をすべきか大いに迷い、もがき苦しい時で、この社会に存在する意味が欲しかったというのがきっかけだったように思う。

茨城新聞から新聞バッグについて取材を受けるものの、紙面に掲載された次のワークショップは参加者ゼロ。東京でも一度だけ参加者ゼロの日があった。新しい町で、またゼロからのスタートだ。何かを広めたり、根付かせたりするのは時間がかかるので、大事なことは「やめないこと」。何があっても続けることを、肝に銘じる。

初めての海外は高校生の頃、町の企画で行くオーストラリアの団体旅行だった。そのオーストラリアへ再び。ボルドーに引き続き、メルボルンでもワイナリーを巡り、日本代表戦に挑んだ。ペンギンパレードで、おびただしい数のペンギンに圧倒された。

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アランジネットのコンビニ決済システムを移行。10年以上、商品にコンビニ払込票を同封する後払いする流れだったが、商品注文後に発行される払込票番号を元に、コンビニで前払いする流れに変更した。これと同時に、オンラインショップの専用サーバーも新しく移行した。計画から数ヶ月、大がかりなシステム変更だった。

熊本地震の被害が大きかった城南学園のボランティアに参加。熊本出身でサッカー日本代表の植田選手のサイン入りユニフォームを学園に届けに行くという、大事なミッションが遂行するために熊本へ。復興祭当日は、全国から集まったサッカーファン約60人が屋台村を運営し、多くの来場者に食事をふるまった。

この復興祭のために、しんぶんぶの生徒さんも協力してくれた。FC東京のユニフォームに選手たちのサインをたくさん集めてくれて、私に託してくれた。熊本のボランティア旅、鹿島サポーターの友人も同行してくれた。復興祭の最後、ユニフォーム贈呈式で、植田選手の思いと共に、みんなの思いも手紙に込めて学園にお届けした。

熊本から帰った2週間後に福島へ。祖母と母と一緒に食事をしたあと、通行可能になった国道6号線を北から南へ。放射線量は以前より下がってはいるものの、福島第一原発のある双葉町、大熊町に入るとガイガーカウンターが鳴り止まない。車の窓を開けてはいけない。二輪車の通行はできない。故郷は相変わらず、人間が生活できない町だった。祖母が生まれ育った南相馬の家を初めて訪れると、親戚がそこでひっそりと暮らしていて、私たちを招き入れてくれた。居間には私が見たことのないご先祖様の写真が飾ってあったり、その近くにはご先祖様のお墓もあって、親子3人で手を合わせて帰ってきた。

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ビストロ・ノリーナさんのオーナーご夫婦の名刺をデザイン。

鹿嶋に暮らし始めてから想像以上に鹿島アントラーズな生活を送っている。12/3、Jリーグチャンピオンシップに優勝し、クラブワールドカップ出場が決まった。12/8、オセアニア王者に勝利。12/11、アフリカ王者に勝利。12/14、南米王者にも勝利してしまった。12/18、遂に欧州王者レアル・マドリードとの決勝戦。鹿島アントラーズが世界一のクラブになるまであと一歩だった。横浜と大阪を行ったり来たり、全てを注ぎ込んだ10日間4試合だった。

大晦日は毎年恒例となった、アランジアロンゾさんの福袋の当選メール配信という大事な仕事。紅白が終わり、ゆく年くる年が終わると本番だ。アムステルダムにいた年は、時差があったから夕方仕事を終えて0時に広場でカウントダウンをした。今年は天皇杯元日決勝戦を前に、難波のホテルでスタンバイしていた。

Squareを導入。iPhoneでカード決済ができるようになった。

 

「アランジネット」
オンラインショップを含むウェブサイトの制作、運営(1998年〜)

「DOUBLE STEAL」
オンラインショップを含むウェブサイトの制作、運営(2002年〜)

「しんぶんぶ」
ウェブサイトの制作、運営、ワークショップの企画、講師(2011年〜)

「MARBLE468 オンラインショップ」
輸入販売、オンラインショップの制作、受注業務

ビストロ・ノリーナ
オンラインショップの制作(2015年〜)