東京と地元福島を行ったりきたりする日々。しんぶんぶとしても、メンタルケアを兼ねたワークショップを東北で開催。鹿島アントラーズの選手たちと出会って、福島の被災地をガイドしたことが、のちの鹿嶋移住のきっかけとなった。

5 オランダのイラストレーター、フィープさんの日本公式サイトは2006年に制作させていただいた。当時はアムステルダムの版権元と直接やりとりをしていた。あれから時間が経ち、日本の代理店が入ってリニューアルすることになり、また息を吹き返した。初めてフィープさんのイラストと出会ったときの「この作品を日本で広めたい」という思いは変わらない。その思いをずっと覚えていて、声をかけてくださった代理店の方の心遣いに感謝したい。
5 福島県楢葉町にあるサッカーのナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」。震災後、原発事故収束のための拠点となったことで、あの緑の芝はもうない。そこで震災前と変わらず、料理を作っている人がいる。西芳照さん。サッカー日本代表の専属シェフも務めている。祖母が日頃からよくしていただいたご縁もあって、制作することになった。西さんとスタッフの方々が、日々福島でがんばっていることを、もっと早くから伝えたかったし、これからもウェブサイトを通じて伝えていきたい。

原発作業員の方や、原発事故によって避難している地元の方々が見ることを想定している。レスポンシブデザイン対応のWordPressで制作。ただのお店紹介で終わりたくないと思うのは、私も帰省すると必ず立ち寄る大切な場所だったことと、やはり福島への思いが強いからだ。震災で壊れてしまった心をサッカーで修復してきた私にとって、得意とする分野で微力ながら力になりたかった。

デザイン、写真撮影、取材、原稿執筆、すべて「おまかせ」だった。

6 鹿島アントラーズの選手とスタッフの皆さんを、福島の被災地に案内させていただいた。いつもスタジアムで見ている選手が福島にも目を向けてくれたこと、忙しいシーズン中に「福島を自分の目で見たい」と言ってくれたことがうれしかった。
6 福島県いわき市の仮設住宅で、新聞バッグワークショップ。母親と祖母も参加してくれた。小さい頃の私をよく知るおばちゃんたちと楽しい時間を過ごせて何より。後日、福島民報さんが記事にしてくださった。
7 気仙沼の仮設住宅で新聞バッグワークショップ。サッカー日本代表のサポーターとしてお馴染みのちょんまげ隊長ツンさんたちと一緒に。たくさんのサッカーファンの仲間たちがサポートしてくれて、大成功で終えることができた。
7 セレッソ大阪vsマンチェスター・ユナイテッドを見たあと、関空からソウルへ。東アジア杯の日韓戦を観戦。自分が応援するチームの優勝の瞬間を初めて体験した。海外アウェイゴール裏の一体感といったら!それはもう!憧れの一平くんと観戦する夢を叶えた。帰りはソウルから成田へ。
8 鹿島アントラーズの選手たちを福島の被災地案内させていただくのは二度目。放射性廃棄物が増え続ける異様な町の景色を一緒に眺めた。海と山と、黒い袋。この景色を見て「いいところだなあ」と何度もつぶやく選手の姿に、涙を堪えるのが精一杯だった。「本当はいいところだったのに」と過去形で言うところを気を遣ってくださったのだろう。ありがとう、小笠原選手。
8 地元杉並区で新聞バッグ親子教室を開催。ベテラン講師の常徳先生が「親子教室やろう!」と背中を押してくれた。
8 マイルで沖縄。本島、石垣島、黒島、竹富島に滞在して、日焼けして大やけど。
9 東京から福島「Jヴィレッジ」に行っては、あらゆる環境を整える。
・東京で電話、FAXを買い、通信環境を整備
・インターネット接続の各種設定
・社内のセキュリティ環境を整備
・起動しなくなったWindowsのバックアップをとって、新しいMacをセットアップ
・全スタッフのメール設定
・スタッフの送迎、運転
・イベント準備
・広報
・調理補助、洗い物、接客
・福島第二原発へのお弁当の配達
・福島での日々の出来事ををウェブサイトを通じて発信
・年内に100人のファンを目標に、facebookページを開設

一人でも多くのサッカーファンに、この福島でシェフの西さんががんばっているのを知って欲しかった。そして、多くの人に西さんのごはんを食べて欲しかった。震災後の「福島」はまだまだ誤解が多かったので、ネットで情報を発信し続けて、サッカーの力で福島を元気にしたい一心だった。専門的な知識が必要なときは、東京から仲間を連れていって解決した。自分にできることは時間の許す限り、なんでもやった。

9 大阪で日本代表の親善試合。その翌日、新聞バッグワークショップを開催。午前と午後の2本立て。サッカーファンでお馴染みのお店、お好み焼き「CHANT」さんには多くのサッカーファンが参加してくださった。サッカー専門紙「エルゴラッソ」編集部さんからたくさんの新聞を提供していただき、サッカー一色のイベントとなった。
9 震災後、初めて実家に帰った。自分の目で見て感じて、ようやく「人間が住むところではない」と納得した。夢も希望もない。復興という言葉とはかけ離れた場所に変わっていた。僅かな期待も完全に消え失せて、心の整理ができた。さようなら、私のふるさと。

2013/9/26 福島警戒区域の実家へ

実家に立ち入るには国の許可が必要で、一人では立入禁止だった。サッカーファンの友人たち4人が同行してくれて、みんなで福島第一のスクリーニング場で防護服に着替え、首から線量計を下げた。一人だったら心が壊れていたかもしれない。みんながいてくれて、心強かった。

9 鹿島アントラーズのホームスタジアムで開催された「オープンスタジアム」のお手伝い。「アルパインローズ」のシェフ、西さんが出店するということで、私も全力でお手伝いさせていただいた。選手の皆さんと一緒にお好み焼きを焼きまくって販売するという経験は、最高に楽しかった。この日のために友人も手伝ってくれて、みんなで力を合わせて大きなイベントを乗り切った。

レポート
2013/9/29 鹿島オープンスタジアム2013

9 手仕事を通じて、東日本大震災の被災地を応援している「磯しぎ堂」のオンラインショップデザインリニューアル。
10 「しんぶんぶ」の東北支援ツアーとして、気仙沼、女川、石巻でワークショップを開催。1000km以上の運転と2日間で4回のワークショップはなかなか過酷だった。それでも、たくさんの方が楽しみに待っていてくれて、喜んでくださったので、このボランティア活動は今後も続けていきたい。サポートしてくれた友人たちのおかげで実現できた。
10 福島にボランティアを派遣するため、第一回目の募集。東京近郊から7名集まってくれた女の子たちと、広野町の復興イベントやJヴィレッジでの調理補助などをお手伝いさせていただいた。
11 サッカー日本代表チームが海外遠征するときの食事を再現したイベント「サムライブルーディナー」を開催。一人でも多くの人を西さんのお店に呼びたいという思いが、ようやく形になった。日本代表サポーターで東北支援活動や活動報告会で世界中を飛び回るちょんまげ隊隊長のツンさんが、バスまるごとのサッカーファンを連れてきてくれた。東北の被災地スタディーツアーの一貫として企画されたバスツアーの最後のイベントとして、サッカーファンでいっぱいになった西さんのレストラン「アルパインローズ」。震災前のJヴィレッジのような光景に胸がいっぱいだった。海外遠征の合間の超多忙な中、無理なお願いを引き受けてくださった西さんに心から感謝したい。

このイベントを成功させるために、2回目のボランティア募集。東京から2人駆けつけてくれた。

レポート

11 11/16、ベルギーGENKでオランダ代表vs日本代表。11/19、ブリュッセルでベルギー代表vs日本代表。11/23、ニュルンベルクvsヴォルフスブルク。3試合観戦する合間に、南フランスのマルセイユへ弾丸旅。内田選手が所属するドイツ、ゲルゼンキルヘンのシャルケ練習場を訪れたのは去年に引き続き二度目。ニュルンベルクに移籍した長谷部選手は、サッカー人生初の古巣対決。これがどうしても見たかったのだ!試合後のハイタッチを忘れない。

 

「アランジネット」
オンラインショップを含むウェブサイトの制作、運営(1998年〜)

「DOUBLE STEAL」
オンラインショップを含むウェブサイトの制作、運営(2002年〜)

「しんぶんぶ」
ウェブサイトの制作、執筆、運営(2011年〜)

フィープ・ヴェステンドルプ 日本公式サイト

広野町レストラン アルパインローズ

磯しぎ堂