震災で別人になった。中村俊輔選手に出会って、サッカーにちょっと興味を持つようになった。長谷部誠選手のベストセラーを読んで、サッカーをもっと知りたくなった。そんなふうにして、サッカーに出会って壊れた心が少しずつ修復されていった。

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3月11日、東日本大震災。東京の自宅はまったく被害がなかったので、福島があんなことになるとは思いもしなかった。実家から約3kmの福島第一原発が爆発した瞬間、「すべてが終わった」と思った。

祖父母や親戚の安否確認ができるまで、車に物資を詰め込んで北に向かう準備をして備えていた。被曝覚悟だった。身内の安否確認後も、自分にできるあらゆることを思いつくままにやった。

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5/1〜15までの15日間、高円寺の雑貨店「ハチマクラ」で「マーブルマーケット」を開催。多くの方のご協力を得て、被災地への寄附金が集まった。

福島で酒屋を営んでいた祖母は、家も店も失った。その86歳になる祖母が、初めて東京のわが家に来た。慣れない東京生活を送る祖母が「マーブルマーケット」のお店に立った。人生のほとんどお店番だった祖母が、ちょっとうれしそうに見えた。

去年から友人とあたためていた企画、四万十川新聞バッグインストラクターの資格を取得すべく、高知県四万十へ。奇跡的に集まった友人たち13人と、一泊二日のインストラクター講習を受講し、新聞紙でつくる「新聞バッグ」の講師になった。「しんぶんぶ」としての活動がスタートした。

震災後、初めて福島に行った。従姉妹が避難しているいわき市の小学校。テレビで見ているだけではわからない現実がそこにあった。福島市の新聞社で、これからの新聞バッグの活動で必要になる新聞を提供していただいた。

気づけば、会社を辞めて一人で仕事をするようになって、10年が経った。

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長年絶縁状態にあった母親がいる会津若松へ。魔が差したとしか言いようがない。その日は、母親の誕生日だったのだ。避難所を転々とした後、ビジネスホテルで生活していた。ホテルマンの被災者に対する差別的言動は、耐えがたいものがあった(お風呂にお湯を溜めるとフロントから電話がくる、被災者はエアコンを使うなと言われる、など)。行き場のない被災者はただただ我慢の日々で、それらに一切逆うこともできずに静かに生活していた。

いわき市で被災したおばちゃんたちを対象に、新聞バッグ教室を開催した。インストラクターになって、初めての先生。一緒にインストラクター資格を取得した友人は中高が同じで、やはり実家を失った。その友人の母親も参加してくれた。私のいとこも、いとこのおばちゃんも来てくれた。おばちゃんたちが明るい人ばかりで、救われた。悲しんでばかりもいられない。後日、地元福島民報紙の「ふくしまは負けない」に掲載していただいた。

友人夫婦と三度目の福島へ。坊主頭の中学生が全力で野球する姿を見て、涙した。砂埃の舞うグラウンドに頭から突っ込んでいく子供たち、君たちは悪くない。原発が爆発して3ヶ月と間もない頃だった。

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新聞バッグ1000個の発注を受ける。当初は「大人の部活動」というゆるい企画だったはずが、もはや完全に仕事になってしまった。とはいえ、本業が第一。新聞バッグの制作はインストラクターの友人や、四万十本部の協力を得て、毎月のノルマをこなす。新聞バッグの持ち手にぶら下げるタグと同封するチラシもデザインした。捨てられる運命の「新聞」がすっかり見違えてかわいく変身してしまった!

消しごむはんこ作家「とみこはん」の名刺をデザイン。

地元阿佐ヶ谷で、新聞バッグ教室を開催。

高校で同じ部活だった友人が上京。彼女もまた家族4人で避難所を転々とし、ビジネスホテルに暮らしている。

3ヶ月ぶりに祖母がやってきた。震災がなければ、原発事故がなければ、祖母との東京生活はなかった。この夏のことは、一生忘れない。

横浜F・マリノス主催、地元神奈川新聞社協力で、新聞バッグ親子教室を開催。サプライズで中村俊輔選手がやってきた!これまで一度もワールドカップを見たことのなかった私が、これを機にようやくサッカーを見るようになる。新聞に掲載されるのは今年三度目。こんなことはもう二度とないだろう。

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福島第一原発の20km圏内に、親戚が100人以上いると知った。秋田に親戚がいることも初めて知った。そこへ被災した親戚家族が暮らしていると聞いて会いに行き、初めて会う親戚と新聞バッグを作った。

友人と韓国弾丸旅に出て、風邪を引いて帰国。

サブカル的イベントで、新聞バッグ専門家として登壇。新聞バッグについて大いに語る。

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アートイベントで、新聞バッグの実演販売とワークショップを開催。自分の人生で、実演販売をする日が来るとは。

消しごむはんこ作家「とみこはん」の個展DMをデザイン。

祖母が深夜に緊急搬送され、そのまま手術。3月以降、慣れない環境で心身共に疲れてしまったことが原因だと思う。福島の病院にお見舞いに行くと、すっかり痩せてしまった祖母がいた。祖母は退院後、仮設住宅で一人暮らしを始めた。福島で生まれ育った人は、福島がいいのだろう。誰がなんと言おうと。

四万十川新聞バッグのインストラクターが、よりよく、楽しく活動できるように提案してきた組織作りについて、高知で打ち合わせ。

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消しごむはんこ作家「とみこはん」のオリジナルカレンダーをデザイン。渋谷西武での個展「よりみち」にて販売。

今年三度目の高知。

イラストレーター100%ORANGEさんのWEB SHOP、リニューアルオープン。

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and.life主催の「オンラインショップ制作一日集中講座」の講師として今年四度目の高知。カラーミーショップを使ったショップ構築と、オンラインショップの基礎から運営、受注、発送、代金回収に至るまで語り尽くす、なんとも盛りだくさんな講座。日が暮れた頃、参加者の皆さん全員オンラインショップができた。受注処理のシステムなど、機能ごとに設計して作っていた時代が遠い昔のよう。すごい時代になったものだ。

 

「アランジネット」
オンラインショップを含むウェブサイトの制作、運営(1998年〜)

「DOUBLE STEAL」
オンラインショップを含むウェブサイトの制作、運営(2002年〜)

「MARBLE MARKET」
チャリティーイベント、バザー開催
DMデザイン
(ロゴデザイン:and. Miki Machida

■シナジーカンパニー
キャンペーンサイト制作

しんぶんぶ
新聞バッグ講師
(福島、秋田、東京、神奈川、静岡、他)
ウェブサイト制作
新聞バッグ受注制作

消しゴムはんこ「とみこはん」
名刺デザイン
個展DMデザイン
カレンダーデザイン

■SOUL TRAIN、ロックの殿堂
オフィシャルショップ「UPSHOP」制作

■(株)UP2U 名刺デザイン